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★原作者★ 原作者 一柳俊邦(ひとつやなぎ・しゅんぽう)
1924年和歌山県生まれ。大正大文学部卒。劇団空気座、劇団アバンギャルド等の文藝部で戯曲を書き、責善教育のため「破壊」上演の箕島高校に招かれ教師となる。川口女子高校等に勤務し、通算35年間の教員生活の間、「紙いちまい」で高校演劇コンクール最優秀賞、文部大臣奨励賞、「天皇はんのみかん」で全国コンクールで毎日新聞社賞など受賞。戯曲のほか、ミュージカル「夢の旅路」、田山花袋原作「田舎教師」四幕十一場の脚色など著作多数。埼玉県在住。
上演にあたって 「戦争への思い、かえってこなかった仲間達への祈りを、少しでも今の若者達に伝えることができれば・・・」 と、高校演劇の重鎮・一柳俊邦先生が昭和50年代に書かれた短編三作品を、一部脚色しての同時初上演。 現在・過去・その日・・・それぞれの『8月15日』を描きます。戦中・戦後・現代、それぞれの時代に青春を生きた女性たちの姿を通して、戦後60年余、我々が得たものと同時に、失ったものを探し出してみたいと考えました。 今回の上演に登場する3世代の女性たちは、それぞれ「夢や生きがい」(一話=とや)、「平穏な生活」(二話=漁火)、「ロマンス」(三話=朝の光)を、戦争によって阻まれました。そしてこの裏返しに、「悲しみや怒り」、「明るさや活力」、「虚しさや現実」といったものが、時代背景として見えてくるのかもしれません。 いつの時代も人間は、日々避ける事のできないしがらみや、どうすることもできない政治的な流れと折り合いをつけながら、戦いながら、生活をしています。 そんな時代背景・社会背景としての「戦後」と「現代社会」を対比させています。 このたび本作品には、大変ありがたいことに各年代の優れた俳優さんたちが参加してくださいました。この達者で奇特な役者さんたちが、それぞれの時代をしっかりと生きて、表現していくことと思います。 そうして創作された各世代の女性像を見ることができると思うと、今から8月が楽しみです。 これまで「反戦」という大上段な主張や、戦争の労苦を語り継ぐための写実的な再現、ということについては、既に多くの秀作が何度も上演されています。 その中で、今回の私達の作品に少しだけ希少性があるとすれば、同じ「反戦」をテーマにしつつも、政治や軍隊と直接関係のない、普通の女性たちの生活を題材に取り上げていることだと思います。 また、現代社会に生きる側からも、戦中戦後からのメッセージに対して少しばかり反論をしてみたこともそうです。もちろん、ストレスや経済格差などといった現代社会の問題が、兵役や空襲などと対比できるものではありませんが、今を生きている若者たちにも、過剰な悩みや辛苦を抱えていると思います。その部分にも一応の理解を示しておかなければ、下手をすれば「年寄りの説教っぽい」内容になってしまうのではと、余計な配慮をしてみました。 それにしても、いったい戦後というのはいつまで続くのでしょうか。 平和というものが戦争と戦争の間にある状態を指すとするならば、戦後の終わりは戦前ということになります。 すると、昭和31年の経済白書に記された「もはや戦後ではない」という言葉を引用するなら、今はもしかすると戦前なのかもしれません。 どうして日本は、そして人類はこれだけ永い間、何世紀も戦争という行為を繰り返しているのでしょうか? 「永久に戦後であってもらいたい」と願う立場からは、今が戦後なのか戦前なのか、平和なのか小休止なのか、それを見極めることが大事だと思います。 さらに、どういう社会的なメカニズムによって、我々は戦争という手段の選択をしてきたのかということを、しっかりと検証すべきではないかと思います。 今回の上演は、社会的な正々堂々とした主張ではなく、あくまで一流の娯楽としてアレンジしております。それでも『愚かな戦争という手段を選択しない』という教訓をしっかりと語り継ぐための、小さな機会になればと願っております。公演をどうぞお楽しみください。 (演出・山崎哲史)
★STORY★ 第一話 「とや・八月十五日」 昭和20年の終戦の日。戦時下、花形役者を兵隊に取られ、苦難の興業を続ける一座の芝居小屋の楽屋に、玉音放送が流れるー。 第二話 「漁火の消える海」 昭和55年の8月15日。漁師町の旅館を訪ねた母嫁の話。戦時中に新婚4日目にして夫を失った母と、原爆症の両親をもち、本人は戦後生まれにもかかわらず、血液の病を持つ嫁。戦後35年が経過しても残るそれぞれの戦争の傷跡ー。 第三話 「八月の伝言」 原作「朝の光愛しく」を脚色して現代を描く。家出した女子高生と定年退職した女教師は、互いに社会からの疎外感を共有している。二人が早朝の神社で出会った老婆とはー。 ★脚色と解説★ 一話に登場してくる「蓮沼あさ」は、原作では家族を日清・日露戦争でも失っている昭和20年にしてすでに「老婆」という設定、そんな戦争体験からか、かなりリベラルな考え方をもっているように思う。一話完結の作品であるので、そうれで登場人物のコントラストもできるのだが、今回は3作を通した表現をしたかったたため、この老婆には多少若返ってもらい、当時の平均的な市民に少し降りてきていただいた。 原作で素晴らしい個性を発揮する役だけに、申し訳ないので一応注釈を入れさせていただく。 二話は、原作が書かれた昭和50年代半ばの、当時のリアルタイムな設定である。ここに登場してくる元気な高校生の舞子は、私(山崎)と同級生であり、懐かしき青春時代を思い出す。原作では昭和57年の設定であったが、2年移動させて昭和55年とした。この昭和55年(1980年)は、ソ連のアフガニスタン侵攻に端を発したモスクワオリンピックのボイコットと、イラン・イラク戦争が起こった年である。 アフガンとイラクの土地に戦車が乗っていたという、現在と比べてあまりにも一致する状況であったので、それを訴えさせていただいた。ちなみにアメリカの銃口はどちらの側を向いていたのか、それも面白い話なのだが・・・。戦後は戦後でも、冷戦とい背景をもっていた時期である。ここに登場する広島生まれの「美也」は、戦後生まれにも関わらず、原爆症の両親の影響で先天的な血液の病をもっているのである。 日本にはまだまだ戦争の傷跡がはっきりと残っていた。 三話では原作の設定を利用させていただいて、一、二話とつながりを持たせてた。 優れた原作だけに、そのまま三作を並列に上演すべきなのかもしれないのだが、折角同じテーマの作品を扱うのであればと、余計な悪戯をしてしまった。 原作に登場する「老婆」は、志願兵となった息子の帰国を信じて、今に至るまで「お百度参りを」繰り返しているという凄まじい執念で、その愛情の深さと比例して戦争への怒りが浮き彫りされるものであった。現在の北朝鮮の拉致被害者の問題が少しオーバーラップして感じた。 しかし、まさに戦時中の母親だった方が現在どうなっているかというと、およそ百歳になられていることになるのである。 現在と戦争は、そういう距離になってしまっていて、戦争を語れる体験者の皆さんと同じ時間を過ごせる貴重な時間は、どんどん減少しているのではないだろうか? 史実として語り継ぐ一般的な「戦時中」だけでは、後世の人にとっては「他人事」であり、心にしっかりと「愚行を繰り返さない」と決心させるには弱いのではないだろうか。 話をもどすと、この三話では、戦中派・戦後育ち・平成生まれ、の三世代の女性が対話をするのである。それぞれが理解し合える事のほうが少ないのかもしれないけれども、この希な三世代の対話の機会こそ、今回の上演でもっとも見せたかったシーンだったのかもしれない。それぞれの時代を生きていた三世代が対話する・・・そういう場面が、巷でよく見かけられるようになればいいと思う。 核ということで言えば、日本からは核爆弾が無くなって、核家族ができてしまって久しい現代社会では、それは本当に貴重だと思う。 |
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